
世界で強烈なブランド価値のあるコカコーラ。
コカコーラのブランド価値(無形資産価値)って、「850億」近くあるみたいです。
全体の価値の60%以上がその無形資産価値なので、コカコーラのブランド力がハンパないことがわかる。
映画を見ていて、画面いっぱい赤く染まって、「シュワ〜ッ!」なんて聞こえたら、(コカコーラだ!)
なんて心で思ってしまって、喉が乾く…これは、ブランド効果。
もちろん広告なんかもハンパなく打ち出してきたこともあるが、やっぱり体験が重要。
それは、昔以上に今、とても大切なことになってきている。
自社ブランドを築き上げたいと考えている会社が、商品名やイメージを売りにしててはもうダメな時代。
じゃ、今考えないといけないこと、
それは、ブランドが持つ本質的な意味や、そのブランドが与えてくれる体験だと思う。
企業や店舗のロゴマークやネーミングの認知度をあげたいのであれば、
まず、サービス自体の本質をエンドユーザーに理解してもらう以外に考えられないような気がします。
そのためのブランディングというものは、告知中心ではダメダメ。(昔は良かったが…)
体験がとても大切な要素となってきている時代、ブランディングも一度考えなおさないといけません。
p.s.
最近発売されたカテキン入りのコカコーラに少しハマってしまいました。

私のようなデザイナーやアートディレクターという職業は意外と知られていません。
「デザイナーってどんなお仕事をされているのですか?」
と聞かれると、
「人と人や、人とモノの関係を良い感じにつなぐ仕事です。」
と答える時があります。
そういった後の人の反応をみると、
「……なるほど。」
とほとんど理解されていないんです。
デザインという言葉には、表面的に美しかったり、機能的以外にもいろいろな可能性があります。
そこで問題の多い現代社会にデザインの可能性を信じて、適応処置をしていこーねっていうのが私の仕事になります。
つまりは、
デザインすること=クライアントの問題点を解決すること
なんです。
せっかく良いものでも、その商品の良さがちゃんと伝わってないのなら、
クライアントがアピールしたいことを整理して、ちゃんとその商品の良さを伝えれば、きっちりと評価されます。
だから、クライアントとの綿密なコミュニケーションを重ねることがとっても大切。
そうしているうちにどんどんクライアントから答えがでてくる。それをちゃんと表現する。
なので、私の中のイメージをカタチにしたりするわけじゃない。
自分が勝手に良いと思うもののイメージをカタチにしちゃうのは「アーティスト」がやることです。
デザイナーとクライアントの関係は、医者と患者によく似ていると言います。
私が医者で(笑)クライアントが患者さん。
漠然とした問題(症状)を抱えつつ、どうしたらいいのかわからずにデザイン事務所(病院)を訪ねる。
そこで、私がその問題点(症状)を聞き出す(綿密なヒアリング)。
症状の原因と回復に向けて方向性を探り出す。そうして、解決策をカタチにする際にデザイン(処方箋)を使う。
つまりは、デザインとは手段のひとつである
ということからも、私の仕事であるデザイナーやアートディレクターという職は、
デザインという手段を良く使って、クライアントの問題点を解決することで、
人と人や、人とモノの関係を良い感じにつないでいく仕事となるわけなんですね。
新しい何かを0から作り出すような、そんなたいそうなことができるとは思っていませんが、
私のデザインでちょっとだけ何かつながりができることで誰かがハッピーになれば良いなと思います。
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先日の内容につづき、「付加価値」について少し。
目に見えないもの、カタチとしてないもの。
私はつまり、「もの」を「売る」という行為そのものだと思っています。どれほどいいデザインの商品があっても、
そのものにまつわるストーリーや店員のサービスがないと、ただ単なる「良いデザイン商品」になってしまう。
カタチのあるものは、ほんと常にカタチのないものに支えられているように思えてきます。
夜に良くコンビニを利用することが多いのだが、
コンビニに行くと毎回必ず目新しいものがたくさん並んでいる。
コンビニで働いた経験は私にはないのだが、おそらくコンビニのマニュアルなんかでは、
目玉商品や目新しいものは上段のラックに。と言われているんだと思う。
やっぱり新商品に目がいって、ついつい試しに買ってしまっている自分なんかに気がつくと
コンビニのベタベタの戦略は当たり前に大切なことなんだと納得している。
消費者は内容ではなく、見た目や大きさ、重さなんかに反応している。
どんなにそれがおいしくても、包み紙が酷ければ、まずく見える。
どんなに内容が良くても、軽ければ、安く見える商品もある。
消費者は品質だけにお金を出すのではなく、品質を感じさせるすべての体験に対価を支払う。
そこにはやはり、人が五感で感じる「付加価値」という見えない存在そのものをも
考えないわけにはいかない。

最近、使い捨てメモにたまに思ったひとことを書き留めることをしている。
一度は捨ててしまったが、捨てる前にブログに書き留めて保存していこうと思ったので、
ここに記します。
–
前回は「 デザイナーであるということ 」について書きました。
今回は、「デザイナーのしごと」について少しだけお話します。
学生前に想い描いていたデザイナーの仕事、
学生時に想い描いていたデザイナーの仕事、
そして、プロとして仕事をしているデザイナーの仕事を比べるとあきらかに変わってきています。
オシャレでかっこいい仕事(学生前)
↓
制作とか課題ばっかりでとにかく大変で面倒くさい 本当はこんなことしたいんじゃないのに… (学生時)
↓
基本的には何も考えている暇がないくらい時間、気持ちともに余裕がない(プロ)
これは実におもしろい。
デザイナーの仕事って結局、本当に体を動かさないとわからない。
頭で考えた能書きなんかで答えなんて、出ません。
プロのデザイナーの仕事は、クライアントという自分以外のいろいろなことを心配しながら、
しかも、自分以外のところで、「 満足 」を得なければならない仕事なんです。
だから、忙しい日々に学生前や学生時に想い描いていた疑問なんかは埋もれてしまうものです。
学生の頃は、先生にほめてもらうためにデザインすることを頑張ったりするものだが、
現場にでるとクライアントがいる。
でも、「クライアントのために」とか、「クライアントの満足」を目指す職業なのかどうか…
本来、デザインという仕事は経済や社会に影響を与えられるものだから、
後者に向かっていく仕事であってほしい。
それでないとデザイナーは、全くおもしろくない仕事です。
「 デザイナーのしごとについて考えている時間があるのなら、体を動かそう。」
自社の考え方のベースのひとつにもなるだろうと思います。

今はこれからどうするべきか、戸惑う時代。
でも迷ったなら、面白いことができる方へめざせばいいと今は思う。
自分がデザインと向き合い、考え、実践し、そして再考すること。
今までの間、これらを繰り返しながらより良いもの、より時代に適合するものを考えてきたつもりである。
これからFTK+design がデザインを通しての考え方、進むべき方向は新しい段階へと向っていくべきではないかと考えている。
それは、確実に自分と関係している人たちとの影響力が大きく、何か新しいものを生み出し、
社会ともども大きく変わっていけるのではないかとさえ思う。
そのためにはヴィジュアル・クリエイションの在り方、重要性はもう一度再考したいことの一つである。
ヴィジュアル・クリエイションとは、
ブランドのポテンシャルを根底から引き出し、それらを戦略化・表現化すること。
ここ最近ではパッケージデザインにしてもデザインの変わるスピードが早くなってきているが、私はこれは良いことだとは思っていない。パッケージやロゴ、VIなど含め、もともとは長く使えるものでなければならない。
しかし、情報スピードが昔の70倍以上にもなり、その場で目をとどめようと消費者に媚びたデザインがとても多くなっている気がする。ただ単に消費者に振り回されるものでなく、しっかりと10年、20年ブランドを考える。
目指すのは、クライアントのビジネスが目的に合ったカタチで帰結すること。そのために商品・ブランドがエンドユーザーからファンなってもらうために仕組みや戦略が必要。
だから、そのプロセスまでに良いデザインだったり。良いコピー、良い写真なんかは当たり前のものになる。
※ 写真のめざしは、「めざし」「目指す」という文章より、この写真にしています、
面白みがなくすみません。

デザイナーの定義。デザイナーとは。
このデザイナーという定義はとても難しいように思います。
資格でもなく、はたまた誰かに決められることでもない。
自分はデザイナーだと言ってしまえば、デザイナーになってしまう世界。
アマチュアとプロの線引きもとても難しい。
今の世の中に認められたかどうかが基準になる。
そういう意味合いでは、どんな職業も同じような気がします。
やっぱり結果を残さないとプロと言えません。
どれだけ言っても、机上の空論でしかなければ話なんてならない。
デザイナーってキレイにしたり、かっこよくしたりだけじゃないです。
ちゃんと見合ったコストで最適な「 良いこと 」や「 良いもの 」を提案できるのが
今の「 デザイナー力 」じゃないかと思います。デザイナーの価値はそんなところにもある。
でも、デザインって全く経済と関係のないところにでも活用できると思います。
デザインって言葉には、ものすごい可能性を感じる今日この頃なのでした。
今日は空いた時間に青山・代官山・錦糸町へ。
青山・代官山はとても好きな場所。
錦糸町は一度行ってみたかったのでブラッと。
今回はあまり写真が撮れなかったので、
また来月の出張の際にはスナップ撮ってきます。

「 FTK+design 」のスタンプを作成しました。いろんな無地のものに押すだけでその ’ 属 ’ となる。
前回でお話した「しるし」の話でも共通することで、当たり前のことだがこれってほんとおもしろいことです。
無地の箱に押してみたり、無地のメモ帳に押してみたり。それが、かすれていたりと。アナログでとても好き。
変な満足感があって、達成感にも似た感情だったりもする。
今年は携わっている方々の会社や店舗を少しでもデザインの力でより良い段階へと変えたい。
それが社会にとっても良い「しるし」になるように。
それが自ずと自分にとっても良いものになる気がする今日この頃です。

FTK+design の封筒ができあがりました。
角2封筒、洋長3封筒、CDR/DVD用封筒、洋2ダイヤ封筒とたくさん用意しました。
晒クラフトにホワイトインクで印刷。それぞれの封筒の四つ角にうっすらとペンキでよごれたようなデザインに。
「 デザインされたものは、使えば使うほど味がでる方が良い 」という自分勝手な私の観点。
本当はものすごく年期の入ったものに仕上げるつもりでしたが、
使っても失礼にならない範囲であえて疑似でよごそうと。だから、隅っこが微妙によごれています^^
ほんとは人に使われたりすることで自然につく垢とか、よごれ、しみがあるものがいい。
そこには必ずストーリーがある。
ものをつくる時、どこまでをデザインとするかなんておおげさに言えば、
勝手にデザイナーや企業のエゴで決めているだけで本当に良さがでてくるのは人の手に渡ってからです。
デザインはそこから磨きがかかると言っても過言ではないと思っている。
使い手が磨きをかける。デザイナーではなく。使い手は自然と生活の中でいろいろなものに適応している。
例えば、お歳暮にもらったお菓子の缶と仕切りを使って、「 書類ボックスに使える!」と言って
使っている奥さんをよく見かけるが、あの発想なんてまさにデザイナーなのである。
2次利用によって資源の無駄を防ぎ、家計にも助かる。
そういうアイデアを社会に大きく適応させていける考えを持ったデザイナーは面白い。
ながながと何が言いたいかといえば、ジーパンとか皮とか、木の家具が好きだってことです。
あと、皺(しわ)のある人生も。